2011年3月4日金曜日

バイオハザードな音楽業界とテクノロジー


 私たちの日々の暮らしの便利さと言ったら、ここ近年、いよいよ絶頂期にある。ありとあらゆる物がコンパクト/軽量化し、どんな小さな情報であっても、デジタイズされ、場所や時間を問わずにアクセスできるのが当然の世の中となっている。携帯電話やインターネットのない世界では1日も満足に生きられないのではないかというほど、私たちは現代のハイテク社会に依存して生きている。携帯がないと電車の中でどこを見たらいいかわからない、という人や、なぜか落ち着かず無防備な気がする人は完全にその依存症が出ているのではないだろうか。

情報アクセスの簡易化によって、さまざまな産業がそのスタイルやマーケティング方法を変えて来た。もちろんこのハイテク社会が産業にもたらす利益は果てしなく、大きい物である事は間違いない。しかしながら、同じくこのハイテク社会が損害を生み出している事も忘れては行けない。実際に、テクノロジーがある種の業界を滅亡へと追いやっている事はまぎれもない事実である。これは、あまりにこのハイテク/デジタル化社会が速く進化し過ぎているために、その進化に伴い発生する問題点への解消方が発見されないまま、テクノロジーだけが先走っているという事から生じた大きなジレンマだ。大袈裟に言えば、バイオハザード状態である。すべての人をゾンビ化する最強の便利アイテムが発明されたにも関わらず、そのワクチンが見つからないが故に、結果として全員ゾンビ化。発明に飲み込まれた人間の最終地点は、ジ・エンドである。特に、音楽業界の受けているハイテクによる損失は、業界を衰退、まさにゾンビ化へと導かれているように見える。

1番の問題点が、海賊版やオンラインでのフリーダウンロードである。こういった不法に出回っている音楽は、視聴者にすれば宝箱であるのは言うまでもなく、音楽業界自体にも、より広く多くの人に低コストで音楽を聴いてもらえるというメリットがある。遥か昔、モーツアルトやショパンなどの生きていた時代には、音楽は貴族のためにある物で、高いお金を払って演奏を聴きにいく事でしかプロアーティストたちの音楽を楽しむ事は出来なかった。プロの音楽を聴くという事は、貴族のお遊びであり、ましてや音楽をキャリーする事なんて不可能であった。が、現在ではmidiファイルとしてどこへでも音楽の持ち運びができる時代となった。それはつまり音楽の需要の増加につながり、音楽と私たちのコネクションの深まりを意味する。YouTubeやニコニコ動画、そして問題の違法ダウンロード、これらのハイテクノロジーが音楽業界の領域を広げ、リスナーの数を増やした事は、確実に大きな進歩である。音楽がより身近に存在し、手早く簡単に、しかもローコストで手に入るのだから、この急速な需要の増加は当然とも言える。しかしながら、違法ダウンロードなどによる問題点は、音楽業界とアーティストにいっさいの金銭的利益をもたらさないという点だ。これは労働者に対して賃金を払わずして労働だけを強制しているのと同じ状態である事に、多くの人は気付いていない。(あるいは気付かないフリをしている。) 著作権を侵害するというモラルの問題は言うまでもなく、それに加えての無賃労働の現状を人々はもっと切実に受け止めるべきである。

ただ、ここに示されるしかるべき悲しい現状は、その違法ダウンロードに対する解決策が未だにない事である。まだこの音楽業界の「ゾンビ化」に対する新薬、「ワクチン」は発見されていない。いくら法律を作っても、罰せられるべき人の特定は難しく、さらに何千何万という違法者をどれほど重く取り締まるかという境界線の設定は、難を要する。音楽業界の売上げは下火に、そして違法ダウンロードは、ますますその数を増やし、ネット上に溢れている。もはやコントロールが不可能となったこの音楽業界の一大事に打つ手はあるのか。

次回はこの一大事の「ワクチン」になるかもしれない、「Pandora」の紹介をする。